がんばれなくなった時の対処法
転職してからここ2ヶ月くらい、毎日毎日目標に向かって頑張ってきたんですが、先週あたりからだんだんがんばれなくなりました。 一旦、今の所の私なりの対処方法がわかったので書き記すよ。
転職してから頑張ってきたこと
転職してから2ヶ月間、異職種に転職したので、その職種の勉強を毎日毎日していました。
新卒からこの業界にいる人たちに追いつこうと、キャリアアップを早くしないと、と毎日目標を呪文のように唱えて頑張ってました。
海外で働きたいので英語と、ダイエットもしたいのでレコーディングダイエットも毎日やってました。
具体的には、夜は理想の時間に軽いヨガをして寝て、朝起きて、筋トレして、英語を勉強して、ちゃんとご飯を食べて、仕事関係の勉強をして、ローカロリーで栄養のある食事をしてました。
一人の時の余暇時間は無くしました。ネトサもせず、小説も読まず、動画も見ませんでした。
2ヶ月後
今まで習慣としてできてたことができなくなりました。
やろうとすると、泣きたくなります。
何が起きていたのか
複数のタスクを習慣化することに成功して順調にやってたのですが、実は途中から毎日できるんだからもっと高レベルのこともできるだろ、と欲張ろうとしてました。
私がこれだけのタスクを習慣化できたのは、「とりあえずやりゃいい。やらないよりマシ。」というテキトー精神からだったので、質は度外視してたんです。
この心構えがかなり大事だったみたいで、質を高めようと思った途端に自爆しました。
私はこれらのタスクをとりあえずやるだけで精一杯だったんです。
なのにそれに気づけず、無意識のうちに結果に期待し、焦ってしまいました。
対策
人生あまり考え過ぎてもよくないです。
結果に期待しても、結果がついてこない場合なんていくらでもあります。
成功するとかしないとかは、ほとんど運じゃないですか。
なので、やることが一番大事であり目的。結果はついてきたら超ラッキーくらいの気持ちで、結果ではなく行為(過程ですらない)に焦点を当てて毎日過ごそうと思います。
そもそも質を高めるとかって、すごいぼやっとしてる言葉です。
つまり何をするのかが自分の中ではっきりしてないうちは、疲弊するだけなので無闇に上を目指さないほうがいいです。
人を見下したくない。
私がたまにやってしまう悪い癖、それは人を見下すこと。
見下したくない理由
人は訓練をしていないと、ちょっとした自然や仕草で自分の考えていることがすぐにバレますので、もちろん私の見下しも相手に伝わってしまい、その後何が起こるかというと見下し返されるのです。
見下す人(私)の心の動き
- こいつを取り巻く状況と、こいつの悪いところが見えるぞ!
- こいつにはその自覚がないだろう。
- つまりこいつに比べると私の方が優れている
3.は短絡的で直感的に理解できる気がするんですが、確実に飛躍があります。
見下された人の心の動き
- こいつは俺を見下しているな?
- こいつにもダメなところがあるのは知ってるぞ
- こいつは自分のダメなところを自覚せずに人の悪いところをピックアップしている
- 自分のことすらわからない、器の小さいやつだ
※ダメなところは、1が起こってない時点では特段ない場合もありますが、誰しも探せば粗は見つかるものなので、すぐに2に移れるでしょう。(そもそも人を見下す時点で短所ですし)
見下しをする心理の論理的飛躍
↑の2で出てきましたが、誰にでも悪いところはあり、それは自分からは見えないのです。 しかし、2つ前のセクションでは、言外で「(悪いところのない)私の方が優れている」と、自分には悪いところがない前提で見下し判断をしましたが、それが飛躍です。
自分の悪いところは自分からは見えづらいものです。 物体としての自分が目に入ってくる面積が少ないとか、喋るときは声を出すことに集中するので自分の声が聞こえづらいとか、そういうことも関係している気がします。
補足:もう一つの見下したくない理由
自分が見下されると嫌だから、優しさから今後はしたくないです。
見下しをしてしまう理由とその対処法
1つは、自尊心が低くプライドが高いから、らしいです。 一般論としてはこういう理由らしいです。 自分と人を見比べて、自分の方がより良い人間だと安心したいのでしょう。
まだまだ余裕がありますね。もっと自分のことに集中しましょう。
2つめは、迷惑を被った、損をした、と思うからです。 これは私の体感です。
例えば仕事で議論をする場面があったとします。 しかし相手が議論下手で、要領の得ない発言になり、議論が脱線し長引いたとしましょう。 その時、私はそれに気付き、本筋に戻したり、その人の言うことをまとめる役になったとします。 そんな役は大変ですよね。あっちは好き勝手喋ってるのに、こっちは自分の意見も述べつつ、相手の意見もまとめながらゴールに向かわなければなりません。 そんな時、「こいつ頭悪いな〜(ため息)」と、思ってしまいがちです。
しかし、能力や特性は人によって違うのです。 その人にできて、私にできないことも多くあるはずです。 私が持っていない長所がわかったら、それをここぞとばかりに利用すればいいだけです。 違いこそ社会や集団の価値です。
特性的に、ある状況下で人より多く力を発揮せざるを得なかったとしても、 それはその状況下だと輝きやすいということなので、評価を受けやすくてラッキーだと思っておくことにし、諦めましょう。
もし、相手(人or会社)がこっちのリソースを利用し、怠けて寄りかかっているだけだったとしたら、切り捨てましょう。
ちょっと脱線しますが、自分の中に、自分の欲求に従った明確なビジョンがないと人や会社に利用されがちになると思います。 自分基準ではなく、「他人から●●と思われる」ことが目的になるからです。 そのビジョンがなかったら作り、あったら常に行動をビジョンに照らし合わせ、自律的な人間であることアピールし続けることは、利用されない為に有効だと思います。
概念的な会議のファシり方。
先日、会社でチームのスローガンについて考える、との題目の会議が催され、それに参加している時にファシリテーターと参加者(チームメンバー、そして私)の間でズレが生じていたのを目の当たりにし、どうにかできないものかと思ったため、考えてみることにした。
どのような会議だったのか。
- 3ヶ月前に事業部のスローガンが全員参加会議で決定したことを受け、その下に従属している我がチームのスローガンを作るか否かを考える会議。
- 最初にファシリテーターから、3ヶ月前の会議に参加していなかった2人(私含む)に向け、先日決定した事業部スローガンの簡単な説明があり、会議は開始された。
- スローガンという、定義が曖昧で言外の意味も大事な題材である以上、前回の会議の内容を詳細に理解しないと今回の会議は進まなかった。
- = 今回の会議参加の前提条件は、前回の会議の内容が詳細に理解されていること。
- しかし、3ヶ月前の会議に参加していた者数名(会議参加者の半数)からも、事業部スローガンの趣旨や意図についての質問が多数出てきて、会議の大半がそれに終始。会議の目的に沿わない質疑が延々と行われていた。
私が考える、立場別の問題点
- ファシリテーター
- 会議のゴールをいつも見えるところに明示しなかった。
- 何を決めたい会議なのかが不透明だったので、各々が思いついたことを質問してしまっていた。
- ゴールがわかれば、自分の疑問がどれくらいゴールから乖離しているかがわかり、わざわざ質問しなかったり、質問の仕方が変わったりしただろう。
- 参加者の記憶力を信じ切ってしまい、3ヶ月前の会議の振り返りを詳しく実施しなかった。
- そもそも3ヶ月前の会議の内容を詳細に覚えていることが前提条件だという認識を持つべきだった。
- 会議のゴールをいつも見えるところに明示しなかった。
- 参加者
- 参加(発言)していない者が数名いた。後から聞くと、3ヶ月前の会議の内容を詳しく覚えていた者達だった。質疑の内容が自分の知っていることばかりだったから黙っていたのだった。
- 言い換えると、この2人だけがファシリテーターの考える、参加の前提条件を満たしていた。
- しかし、会議の目的からずれていると認識した場合は、早く前回の会議の内容を思い出せるように or 理解できるように、協力すべきだったのではないか?
- 参加(発言)していない者が数名いた。後から聞くと、3ヶ月前の会議の内容を詳しく覚えていた者達だった。質疑の内容が自分の知っていることばかりだったから黙っていたのだった。
- ファシリテーターと参加者
- 3ヶ月前の会議の内容を半数が忘れている人がいると気付いた瞬間に、専用の時間をとり、詳しい振り返りを実施すべきだった。
- たとえその振り返りコーナー内で質問があったとしても、聞く方が受けるストレスはかなり軽減されるし、質問した方も納得度合いが高かったと思う。
- そもそも詳しく覚えていることがそこまで重要なことではないと考えられていたっぽいのも原因そうだ。
解決策
- 会議のゴールをいつも見えるところに明示する。
- 会議参加の前提条件を決めてから挑む。
- 全員で参加しよう!と最初に合意形成する。